国語(古典)に詳しい方教えて下さい!「奥の細道」の冒頭文の中に、対句...

の 冒頭 おく ほそ 道 の 冒頭 おく ほそ 道

干将 かんしょう ・莫耶 ばくや のむかしをしたふ。 仙台、酒田から新潟、金沢を回って大垣に至る約半年の旅。 絶えることなく行き交う舟の上に人生を浮かべる船頭、馬の口をつかまえて老境を迎える馬借(馬方)などは、毎日が旅であり旅を自らの住処としている。

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この者 もの 、年比 としごろ さだかならぬ名どころを考 かんがえ 置 おき はべればとて、一日 ひとひ 案内 あんない す。 この所 ところ の郡守 ぐんしゅ 戸部 こほう 某 なにがし のこの柳 やなぎ 見せばやなど、おりおりにのたまひ聞こえたまふを、いづくのほどにやと思ひしを、今日この柳 やなぎ のかげにこそ立ち寄 よ)りはべりつれ。

松尾芭蕉の生涯と「おくのほそ道」

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作品中には多数の俳句が詠み込まれていて、 「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」などが非常に有名です。

それに、イメージとして思い描くと、「秒」や「分」が旅人だ、という方が、なんだかちっちゃな子どもが行列をつくって、キャッキャッと騒ぎながら行進しているみたいで、ほほえましい。

読書感想文は1行読めば書ける!実践9『おくのほそ道』

の 冒頭 おく ほそ 道 の 冒頭 おく ほそ 道

むざんやな 甲 かぶと の下の きりぎりす (なた・やまなかおんせん) 山中 やまなか の温泉 いでゆ に行 ゆ)くほど、白根が嶽 しらねがだけ 跡 あと にみなしてあゆむ。 ところどころの風景 ふうけい 過 すぐ さず思ひつづけて、折節 おりふし あはれなる作意 さくい など聞こゆ。 千歳未来 せんざいみらい をさとりたまふにや。

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その弟子の名は、河合曽良。

おくのほそ道

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そして江戸で俳人たちと交流しつつ、延宝6年 1678 頃には宗匠となって、俳句を生業とすることになります。

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書名は、仙台の章の次に「かの画図 エズ にまかせてたどり行ば、おくの細道の山際に十符 トフ の菅 スゲ 有」とあるによる(大辞林』電子ブック版 1992年 三省堂より). もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、 三里に灸するより、松嶋の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移るに、 草の戸も住替る代ぞひなの家 面八句を庵の柱に懸置。 おばねざわ 尾花沢 おばねざわ にて清風 せいふう といふ者 もの を尋 たず ぬ。

『おくのほそ道』の1:月日は百代の過客にして

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芭蕉の旅、僕の旅 『おくのほそ道』松尾芭蕉 元禄2(1689)年、46歳の芭蕉は弟子の曾良とともに奥州への長旅へと出発する。 意味は、「蛤のふたと身とがわかれるように、自分を見送る人々と別れて出発する……」のようになっていますが、これも原文を一読することをおすすめします。 家普請なんかも、みんな弟子が世話して、 いわば、芭蕉先生を弟子たちみんなで養っていたの。

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堕涙 だるい の石碑 せきひ も遠 とお きにあらず。

『おくのほそ道』の1:月日は百代の過客にして

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江 え の縦横 じゅうおう 一里 いちり ばかり、俤 おもかげ 松嶋 まつしま にかよひてまた異 こと なり。

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馬の口とらへて老を迎ふる物:馬子として生涯を終わる人。